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兄がアリオトという合同文芸誌に寄稿しました。

こんばんは。
神ちくわの妹の、妹ちくわです。はじめまして。
寒いですね。かじかむ手で文字盤を叩いています。

……妹ちくわって、急になんだと思われちゃうかもしれませんね。

実はもうすぐ、お兄ちゃんが寄稿してる「アリオト」っていう同人の合同文芸誌が出るんです。
って、このブログを読んでる人ならみんな知ってることですよね。これは失敬でした。






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【宣伝】アリオト vol.2

僕だ。


久々のブログ更新です。
まあ、タイトルを見れば分かるでしょうが、アリオトvol2の宣伝です。

えっ? アリオトをご存じない!?

しょうがないわね……あたしが説明してあげるから、よーく聞くのよ?(チュートリアル)

アリオトっていうのは、星の名前。みんな大好き北斗七星を形成する恒星よ。
北斗七星は明るい星の集まりなので星たちみんな名前を持っているの。

でも、アリオトだけ名前の意味がはっきりと分かっていないのよ。
確かに存在して名前を持つ星の、その意味だけがぼんやりと曖昧になってしまった……
……なんだかさびしい星よね。

もう一回聞く?
[はい]  [いいえ]


要するに合同文芸誌です。
以前に書いた記事もあるので、詳しく知りたい方はこちらをどうぞ。

そういうわけで前回のアリオトは見事完売し、この度アリオトvol2が出る手筈となりました。手筈の使い方合ってますか?
合ってなかったら合わせてください。

今回はななななななななななんと、試し読みができるんですよ!



デデーン。
ここから試し読みができるのだ!

そういえば今庶民サンプル見ながらこの記事書いてるんですが、庶民サンプル面白いですね。ゲッツ!

さて、我々なじみちかは「女子高生 VS 無人販売所」を書いてます。

中々面白そうなタイトルでしょう?
フフフ……タイトルと中身を戦わせたら最終的にはタイトルしか残らないくらいの出来だと自負してます。

達人なら察しもつくであろうが、タイトルから予想される通り、女子高生と無人販売所が戦うことはない。
タイトルに偽りなしである。

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いにしえちゃんとコミティア114

お久しぶりです。神ちくわです。
覚えてますか。
久しぶりすぎて誰か分からないですか。
いいよ、あんたが覚えてないって言うなら、アタシは何度でもあんたにアタシのこと思い出させてあげる……
ほら、ここ触ってみて……この感触……覚えてるでしょ?

………。

……。

…。


11月15日のコミティア114に行ってきます。
例によって例のごとく、イチトレイさんのスペースにお邪魔してきます。
お邪魔します、って日本の美しい謙譲表現ですよね。奥ゆかしさが感じられます。
まあ僕の場合スペース作るの手伝わないし「これください」って言われても「あっ、はぃ……よんしゃ、よんしゃくえんです」みたいなこと言って不審がられるので本気で邪魔感ある。
噛んで言い直してなお噛む。二回噛んだら言い直さずに黙りこむ類の人種です。
そして生まれる沈黙。気まずい間。理由もなくいじられるスマホ。
青春の一枚。

……まあみなさんなら分かってるでしょうが、こんなのはただの自虐ネタです。
実際邪魔だったら毎度毎度呼ばれませんから。
よく、「ちくわさんいたんですね」って言われます。
全然邪魔になってないでしょう?

最近は「いたんですね」とすら言われないことが増えてきました。







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エスカレーターの幅の話

遠出をした帰り、昇りのエスカレーターに行列ができてました。
普通の階段の方はガラガラで、並び待ちも面倒だったのでそっちの階段を使うことにしたのです。
広い階段を上りながらギュウギュウ詰めなエスカレーター見ていると「エスカレーターもっと広くすりゃいいのに」という思いを抱きもします。
しかし、考えてみればエスカレーターの幅って大概あんなもんな気がします。
もしかしたら規定か何かあるんですかね。

調べてみたら、やっぱりあるみたいです。

建築基準法第百二十九条の十二の四
階段の幅は、一・一メートル以下とし、階段の端から当該階段の端の側にある手すりの上端部の中心までの水平距離は、二十五センチメートル以下とすること。


とのこと。
階段の端から~の意味がよく分かりませんが、まあそこはおいときましょう。
識者の人意味分かったらコッソリ教えてください。
これはこういう意味なんだよってさも自分で理解したがごとく言いふらします。

さておき、幅は1.1m以下とのことなので、全部同じわけではないんですね。
確かに、幅の狭いエスカレーターは見たことがありました。

じゃあなんで1.1m以下じゃなきゃダメなのかって調べてみたら、どうもエスカレーターでは手すりが持てるようになっていないとAUTOってことらしいです。
そのへんしっかりしたソース見つかんなかったのでアレですけど、さもありなんという感じです。
「エスカレーターでは手すりにおつかまりいただき~」とかってよく聞きますもんね。

確かに広いエスカレーターなんて作ったら手すりのない真ん中の人たちはいささか危険な感じがしますね。
めっちゃ広いエスカレーター作って、人がめっちゃいっぱいスライドしてるシュール映像とかはめっちゃ見たいですけど。


幅調査の副産物で、エスカレーターはステップと手すりで速さが違うらしいということも分かりました。
上りだと手すりが速く、下りだと手すりが遅いとか。
その理由ってのが、万が一の時、エスカレーターの下側に転げ落ちないようにするため、なんですと。
上りでは手すりを速く、下りでは手すりを遅くすることで、手がなるべく高い位置にあるようにする。
それで、もしもの時に踏みとどまれるようにするのだそうです。

建築基準法を見てみると「ステップと手すりの速さは同一にすること」って書いてあったりするんですけどね。
手すりの方はなんか使い通してると劣化か何かでどうしても徐々に遅くなってくるみたいで、上りで手すりの方が遅いと危険だから元々ちょっと速いとかいう設定にしてんでしょうか。
本当のところはわかりませんが、理にはかなってますね。

普段ぼけっと乗ってるエスカレーターにも色々細かな工夫が凝らされておるのだなと思いました。
エレベーターとなるともっと複雑な仕組みがありそうな感じです。


余談ですが、エスカレータと書くべきかエスカレーターと書くべきか、よく悩みます。
エレベータとエレベーターもしかり
コンピュータとコンピューターはより悩ませる。

コリン(犬)

実家から連絡があって、聞けば今日(3/17)の十五時頃にコリンが息を引き取ったとのことでした。
コリンというのは家で飼ってた犬の名前です。
黒毛で、手足の先や顔の辺りが白い、どことなくパンダみたいな愛嬌を漂わせる黒柴でした。
たぶん家に来てから十年くらいになるのかな。その時点で二歳か三歳くらいだったようだから、きっと寿命だったんでしょう。
十年っていうと僕の人生のおよそ四割くらいにあたります。

報せを聞いてぼちぼち半日経ちますが、こっちとしては直接その様を見たわけでもなく、少し実感が湧かない心地です。
放心とかいうのでもなく、そっかー死んじゃったのかーもう会えないのかー、と。そんな感覚。
三年ほど前だったか、僕は一人暮らしをしていたから後から知らされたんですけど、コリンが交通事故に遭ったらしくて、それで下半身が動かなくなっちゃったんですよね。
それで散歩もできなくなって、糞便にも苦労していたようで、ごはんだけは食べてましたけど、「生きていて楽しいのかな」と、これは単純な疑問として思ったりもしたものでした。
下半身が動かないから、尻尾も振らないんですよね。
昔は散歩だご飯だというと、気が触れたみたいに尻尾をふりふりしながらはしゃいでいたものです。
事故に遭ってしまったのは本当に飼い主の責任でしかないから、そこは本当に申し訳無いなと思います。

下半身不随の状態で歳も相当のものだったから、もう長くないかもなあとか、会うのはこれが最期かもしれんみたいな話を何度か繰り返してたんですが、割に生きるもので、今回家を離れるにあたっても「これが最期かもなあ」と言ってはいたんですが、今回ばかしは本当にダメだったみたいでした。
報せを聞いて、死んじゃったんだ、と思うと同時に、死ぬんだなあ、と当たり前なことを思いました。
死ぬ前に淋しげな声を上げていたそうで、コリンはよくそういう声で鳴いていたから耳元に声が聞こえる気もします。
花火大会や雷の夜には、よくそういう声を聞きました。
本当かどうかは知りませんが、猫は孤独に死ぬと聞きます。
犬は一匹で死ぬのは淋しいんでしょうかね。
今際の際に、母がコリンの傍にいたというから、何とはなしに「よかった」と思いました。
コリンの死が悲しいということはまだなくて、ただ、息を引き取ったコリンの傍で大泣きしている母の姿が頭のなかに浮かびました。

元々犬飼おうという感じで飼い始めたわけではなく、父がちょっと動物関連の仕事をしていて、年末年始の間動物病院で面倒が見られないコリンを一時的に家で預かることになったのが、何やかやで飼うことになったと、そんな成り行き上で飼うことになった犬でした。
コリンというのも動物病院の方でつけられた名前なので由来なんかも知らず、当たり前のようにコリンコリンと呼んでいました。
こりん星から来たのかなとかそんな話を当時はよく冗談で言ってました。
当時の僕は血気盛んでしたから、自分で名付ければシュヴァルツとか付けかねない感じだったので、結果的にコリンでよかったなと思います。
コリンっていう響きはちょっと愛嬌があって馬鹿っぽい感じがして、なんかしっくり来る感じです。
柴犬の例に漏れずお馬鹿なやつでした。散歩の始めはリードを馬鹿みたいに引っ張って、隙あらば飼い主の手から逃れようとして、そのくせ「待て」の命令には忠実で、餌を前に「待て」と言えば「よし」と言うまでぐずるやつでした。
晩年はグルメ嗜好になったのか、あるいは体調の問題か、今に思えばきっと後者だったんでしょうけど、普通のドッグフードはあまり食べなくなっていました。
少しお高いやつをあげれば、喜んで美味しそうに食べるんですけど。
しかしそんな高級なおやつより芋の皮が好きで、芋の皮を与えるとハッハッと息を荒らげたものでした。
犬って芋の皮が好きなものなんですかね。
晩年には、普通の餌は上げてしばらく経っても減っていないことがざらだったのに、芋の皮だけは上げた途端に食べていました。
そんなにおいしかったのかなー。

これを書いていても、ふと昔のことを思い出して感極まるということはなく、未だに実感は湧きません。
祖父母が亡くなった時もそういう心持ちだった気がします。
死んだという実感が今一つ湧かないまま、ふとした時に、ああ、そういえばもういないんだな、と思うことがありました。
実家にいる時は、何もやることがなく、ただこもっているのも嫌な時、よく気まぐれでコリンに絡んでいました。
帰省して、そうした時になって、ようやく気付くのかもしれません。

芋を食べる時、皮だけを残してしまったら、コリンのことを思い出すだろうなと思います。
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かつては針小棒大を卑猥な言葉と思っていたよ

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