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神ちくわ、ボランティアに目覚めぬ

本日も釣り堀にウェルカムトゥーザフィッシングホール! ありがとーです。
これ言うのも久々な気がしますね。感謝の気持ちが薄れてたんでしょう。
ツンデレと同じでしばらく感謝しなかったのが久々に感謝すると、読者がときめくと思ったのです。

神ちくわ亜種(黄緑)です。某国で作られています。

今からおよそ一週間くらい前、僕は思い立ちました。

「よし! ボランティアをしよう!」

別に、昨今流行りのマイガータスクに影響されて「僕も偽善したい!」と思い立ったわけではないです。
もっと単純に社会貢献しようと思っただけです。
「利益など省みずボランティアに精を出すような神北小毬ちゃん的女の子とお近付きになりたい」とかいう邪念も無いです。

そういうわけで市内で行なわれているボランティアを調べてみたのが昨日でボランティアを断念したのも昨日です。

だって思ったより大変そうだったんだもの。

「こどもと触れ合える!」という殺し文句も鉄の精神で(神近)ゆうゆう放擲。
何故こちらが交通費その他もろもろを費やして収入も無い社会貢献に熱を滾らせねばならぬのか。
大体にして神北小毬ちゃんのごとき女の子が現実にいるはずもない。
しかもボランティアに参加しようとしたら長期間ある団体に所属せねばならぬという。
大学入学時には何を思ったか意気揚々と三つの団体に加盟していながら諸般の事情により今や全ての団体を打ち捨てている僕に、そのような事は不可能である。

理不尽とは正にこの事です。

何が理不尽なのかは、みなみなの判断にお任せします。恣意的に捉えるが良いです。

ボランティアというのは何もみんなで手に手を取ってやらずとも、一人でちまちまゴミを拾い集めたりするだけでもいいと僕は思うのです。
お、いい事言ったんじゃなイカ?

要するにですね。
大事なのは、ボランティア活動をするか否かではなく。

「ボランティアをしよう!」と思い立った、その心こそが、大事なのだと思います!

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